1997年の恋①

僕の名は白河春男。

白河秋男と雪子の息子だ。

初恋の相手は桃香さんだった。

僕が7歳の頃、27歳の桃香さんはよく遊んでくれた。優しくてどこか儚げで綺麗だった。

 

2017年8月31日8:00

朝食を終えた僕は制服を来て玄関へ向かう階段を降りていた。

電話が鳴り母が出る。

「はい、白河です。」

しばらくして母が青ざめる。

「あなた、桃香が亡くなったって…」

受話器が落ちるのと同時に僕は階段から足を踏み外した。そして気を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

きみのそばに その7

恵子と僕は四国に来ていた。

 「お兄ちゃんあったよ!」

恵子が店先でしゃがみこむ。

「ほらここ、だるまさんがいっぱい!」

「ほんとだ。ここ、だよな」

店番をしている夫婦は子どものようにはしゃぐ恵子を珍しげに見ている。次に僕の方を向いた。僕は軽く会釈した。

「10年以上前にもここに来たんです。」

恵子は店員に笑顔を向けてそう言った。

「これ、ふたつください」

僕達はその小さなだるまを財布に入れた。

 

「杖、借りていくか」

「えー、大丈夫だよ~。」

「もう子どもの頃と違うからな、俺は借りるよ」

「じゃあ恵子のも借りて!」

もくもくと石段を登る。額に汗を滲ませながら350段目の地点に来た時、恵子が何かを見つけた。

「あれ見て!」

「どうした、恵子?

「パ、フェ!」

「お、パフェだ。食べていくか」

こんぴらさんにパフェがあるなんて知らなかったね!」

「そうだな。何年前からあるんだろうな」

石段に座り、二人でパフェを食べる。

頂上についたらどんな景色が待っているのだろう。

きみのそばに その6

恵子と一緒におばあちゃんの家に来た。

「アイス食べるかい?」

おばあちゃんは小さな子どもに言うようにそう言った。

大きくなった今でもこうして昔と変わらずに優しく接してくれるのがとても嬉しい。

「「うん!」」

僕と恵子はハモった。

お互い顔を見合わせて笑う。

「おや、きらしてるね」

おばあちゃんは僕らにガマ口の財布を渡して買ってくるように言った。

スーパーでお目当ての練乳あずきかき氷を見つけた。

財布を開けると、小指の爪より小さなだるまのお守りが出てきた。

「あ!こんぴらさん

恵子が見つけてそう言った。

「懐かしいな。おじいちゃんが生きてた時に皆で行ったよな」

 

おばあちゃん家に帰ると三人でかき氷を食べた。縁側に座って風鈴の音を聞いていると、時間がゆっくり流れていくのがわかる。

入道雲が向こうの屋根から顔を出していた。

おばあちゃんがアルバムを出してくると、金比羅山での集合写真があった。

おじいちゃんもおばあちゃんも恵子も僕も笑顔で映っている。

「あんたたち、大人より先を走ってってお宮さんに着くまで元気だったんだよ」

そう言っておばあちゃんは笑った。

きみのそばに その5

洗い物をしていると、恵子が僕を呼んだ。

「お兄ちゃん、こっちきて」

「どうした?」

「となりにきて」

「あとちょっとで終わるから」

 

僕が戻ると恵子はテレビの前に座っていた。

「おお、スマブラやってるのか」

「うん、お兄ちゃんとやりたくなったから」

「いいよ、一緒にやろう」

 

それから10分後。

「もうお兄ちゃん強すぎ!カービィ使わないで」

「しょうがないな」

「あーん、やっぱ勝てないよ」

「恵子、こうしてると懐かしいな」

「このままずっと一緒にいたい」

僕は何も答えられず、換気扇の回る音を聞いていた。

 

 

 

パピルスマジック その2

美術館の中は涼しくて、間接照明が点いていた。壁画はレプリカだが、金で出来た装飾品やミイラは本物だと言う。どれもこれも神秘的だ。そんな中でも動物の顔をもつ神々の像は迫力がある。

青磁「ホルス神、アヌビス神、バステト女神…こっちはトト神か」

大地「すげぇ。鳥や犬、猫の頭がついた人だ」

神楽「半人半妖、じゃなくて半人半獣…」

 

そこへ一人の男が近づいてきた。

男「人ではない、神様だ。敬意を払え」

大きな体に彫りの深い顔、日本人ではなさそうだ。

大地「うわ、びっくりした」

神楽「きゃ、ごめんなさい」

青磁「失礼しました、ところで貴方は…」

男の後ろから女の人が現れた。凛とした佇まいは壁画に描かれた女神に似ている。

女「いきなり驚かせてごめんなさい。彼は信仰心が篤いのです。私たちはエジプト美術協会の者です」

神楽「こちらこそすみません。神話のこととかあまり知らなくて」

男「神話ではない。史実だ」

女「お止めなさい、セルケト。口を慎んでいなさい」

セルケト「かしこまりました、イシス様」

そこで青磁は時計を確認する。

青磁「神楽、そろそろじゃないか」

神楽「あ、そうだね。じゃあ私達もう行くので。ほら、大地も行くよ」

 

三人はその場を離れた。

大地「ゴツい男だったな。おっかねぇ目付き」

神楽「私も思った。なんかただ者じゃない感じ」

青磁「でもあのイシスって人には素直に従ってたよね。上下関係がしっかりしてそう」

それから休憩所で他愛もない話をした後、三人はピラミッドの縮小モデルを見たり、エジプトの歴史に関する映像を見たりした。間もなく出口が近づいてきた所でイシスが声をかけてきた。

 

イシス「本日は古代エジプト展にお越しくださり誠にありがとうございます。驚かせてしまったお詫びといってはなんですが、こちらを差し上げます」

見るとそれはスカラベの置物とパピルス紙だった。

 

 

 

おしゃれさん

こんにちは

おしゃれさん

 

お元気ですか

 

今日は手紙を書きます

 

正直おどろいています

 

君は僕が知らないタイプの人でした

 

ピアスもするし髪も染める

 

僕が知らない世界の住人でした

 

おしゃれに無頓着な僕が

 

飾ることに意味を感じなかった僕が

 

君と会うのを楽しみに

あそこに通うなんて

 

ここまで興味をもてるなんて思っていなかった

 

だけど君と知り合ってわかりました

 

君と話してみてわかりました

 

君も好奇心の強い人だということを

 

僕が本来は好奇心の強い人だということを

 

君は小説が好きです

 

僕も小説が好きでした

 

君は映画が好きです

 

僕も映画が好きでした

 

自由に好きなことを楽しむ君は教えてくれました

 

日々の忙しさに追われる僕に教えてくれました

 

もっと楽しんでいいんだよ

 

好きなことを過去の宝箱押し込めないで

 

好きだったことにしないでと

 

おしゃれさん

 

ありがとう

 

君を見ていると楽しくて

 

勇気をもらえます

 

おしゃれさん

 

ありがとう

 

元気でいてね

 

きみのそばに その4

泣きつかれた恵子はソファで眠ってしまった。僕は恵子が風邪をひかないようにタオルケットをかけてあげた。

 

僕は冷蔵庫を開けて気の利いた食材が入ってないのを確認してから買い物に出かけた。

スーパーに来ると、入口付近には果物が並んでいた。けれど僕はそれらに殆ど関心を示さず、缶詰コーナーに向かった。

恵子の大好きな桃缶を手に取ると、次はヨーグルトをかごに入れる。これでデザートは確保出来た。

 

それから人参、じゃがいも、玉葱、豚肉、甘口のカレールーを選ぶ。それから厚切り食パンと牛乳をかごに入れると、レジで会計を済ませた。

 

アパートに帰ると恵子はまだ眠っていた。僕はカレーを作り始める。具材を刻んで肉を炒める。お湯をはった鍋に肉と野菜を入れ煮込む。よく火が通ってきたらカレールーを入れてかき混ぜる。そろそろ出来上がるくらいのタイミングで恵子が目を覚ました。

「お兄ちゃん、カレー作ってるの?」

「カレー作ってるよ」

「わあ、パンもある!」

「恵子、そのパンにカレー乗っけるからトースターで焼くぞ」

「はーい!」

恵子は嬉しそうだ。

 

パンが焼けるまでの間にデザートを作る。ヨーグルトに桃を盛り付けていると、

「わあ、私がこれ好きなの覚えたてくれたの?」

「まあな」

「お兄ちゃん、ありがとう」

それから僕と恵子はカレートーストと桃入りヨーグルトを平らげた。

とても優しい時間が流れていく。